11本目の木
幼い頃に読んだ物語のなかで、
忘れられないものを揚げよと言われたら
私は迷わずこのお話を選ぶだろう
記憶が確かではないけれど、おそらくアマチュアの投稿作品だったと思う
ドキドキ・ワクワクといったつくりこまれた冒険とか
面白おかしいキャラクターも全然出てこない
起承転結みたいなものもほとんど
はっきりしていないあまりに淡々とした作品だった
だけどこの物語を友人に読んでみてと促され
彼女の家の薄暗い部屋の仏壇の前の
四隅にふさのついた座布団にこそっとすわり
このショートストーリーをその場で読み終わってから
この地味すぎるともいえるお話に
10歳のふたりが静かに魅了され、すっかりしびれてしまっていた
大筋の内容は覚えているが、詳細はもう忘れてしまったから
即興でこんな感じというのを思い出しながら書いてみる
*
丘の上に11本の木が立っている
だけど1番後ろの1番小さい木には海が見えない
だから他の仲間の木々たちが、その海の様子を教えてくれる
こんなふうに・・・
春になると
海に浮かんだ桜のはなびらが、穏やかな海面に散らばっているよ
まるで薄桃色のワンピースを着せたみたいに可愛いなぁ・・
ほら、ふわふわしたやわらかい香りが風に乗って鼻をくすぐるじゃないか
夏になると
だんだんグリーンが濃くなってきたよ 深い色がみずみずしいね
波間にキラキラ太陽の光が反射しているんだ
沖のほうに帆を揚げた船が見えるなぁ
蝉の叫び声もあたりいちめんに響いているね
秋になると
澄んだ空気にのってきた紅葉が海面に舞い落ちているよ
そこからでもいわし雲なら見えるだろう?
いまかもめが波間をかすめて飛んで行ったよ
冬になると
早朝の凍えそうな海上にダイアモンドダストが煌いてきれいだ
舞い降りた雪の華が、北風の渦に巻き込まれながらすばやく運ばれていくよ
何年もそんな風に10本の木々たちに
海の様子を聞かされながら成長していく11番目の小さな木
それから何年かしてその木は
10本のどの木よりも大きく 高く 立派に成長し
そこで自分でようやく初めて海を「見る」のだ
*
たしかその後ふたりでさっそく紙芝居にしようと試みて
だけど当時の画力で、ほぼ木ばかりのシンプルヴィジュアルだから
どうにもこうにも見どころのない
単調で退屈なだけのものに仕上がってしまったのを
ふたりでまのあたりにし、ぅうむと考え込んでしまい
そこにあった ふたりの熱い想いだけが
ぷっかり宙に浮かんでしまったのを
幼いながらもしっかり受け止めて立ち止まっていた
その先走った想い入れの強すぎた
あんまりにも伝わらないモノを作ってしまった切なさで
「11本目の木」の紙芝居ヴァージョンは、ふたりの間でそっとお蔵入りになった・・・・
まるで大空に紅い風船のひもを放ってしまったかのように、遠くへ
だけどあの時芽生えた私の中にある「11本目の木」の物語は
どんなに時間が経っても、私の原点の丘に
じつはちゃんと地道に育っていて、今ではつつましやかにすっくと立って
その高みから、こちらをずっと見つめているような気がするのです