博士の愛した数式

okimituki2006-02-04

 私の好きな作家のひとりである小川洋子さんの本が
ベストセラーになって、映画化までされているという
 もう完全に乗り遅れた気分
(だってすでに2003年発表らしく 文庫の裏をめくったら増刷もすさまじかった
 うーん。なんでこれほどまでにぜんぜん気がつかなかったのかというと
 売れすぎて、読まれすぎて図書館にも存在すらなかったからみたいだ)


 手にとってページをめくって、あれっと思う


 私はほとんどの著者の著書をたぶん読んできたと思うし
いまだって図書館でまだ読んだ事がないものをみつけ
「偶然の祝福」というのを借りてきたばかりなのだ
 

 でも違う・・これはいつもの小川さんの感じとちょっと違うぞ
私は戸惑ってしまった


 もしかしたら、この大ヒット作を読むことができそうもない
 まず数学が大の苦手なのだ
それから野球ときている こ・・これは マズイ


 小川さんの作風といえば繊細で壊れそうで壊れない いびつな人々と
そこで繰り広げられる日常の別の扉を少し開けて踏み込んだような
異次元の不気味に歪んだ世界だったり
 雄弁な静謐(せいひつ)さ 沈黙を表現することに徹した構築の文章
 そこで安らかに言葉をかぎ針編みでもするかのように
または震える小鳥のついばみのごとく仕立てられた ものがたりが多数ある


 でもいつだったか見たエッセイで阪神タイガースのことを書いていらした
ご自身がファンだそうである
 この物語では80分しか記憶の持たない数学者が主人公なのだが
その主人公も阪神ファンという設定になっている


 そのエッセイで甲子園の客席の「数」について、書かれていたような記憶があり
私がそれを読んだときの印象はいつもの小川さんらしく
これほどまでに即物的な数字というものの存在を
やはりまるで美しい星の話でもするかのように綴っていらして安堵を覚えた


 だからきっと読めるはずだと思うのだが
何度も本屋で立ち読みしてみるが、勇気が出ない
 でも悔しい・・・


 思えば西中島南方でちょっと大きな版下会社にいた頃
そこの近くにあった西武のスーパーの食品売り場の
傍らにあった小さな書籍コーナーで見つけたのが
小川さんの「冷めない紅茶」という文庫だったのだから
もうかれこれ16年くらいのつきあいになる


 その後もその世界は揺るぐことはなかった
フランスで映画化されたという「薬指の標本」など
海外での評価のほうがむしろ国内より高いところが
ますます私の心をくすぐって愉快にしていた
 

 それなのに、それなのに
 どうしよう どうしよう・・・


 この妙な世間のほとぼりが冷めたら読もう
 「ノルウェイの森」や「キッチン」
 「蹴りたい背中」もしかりだった


 それまでにノーヒットノーランを達成した奇蹟の夏の
江夏豊完全数というものが自分にとって
理解できるとか 共感できるなんてとうてい思えないが


 これまで小川さんがややマイノリティでやってこられた
ひとつのチカラの威力と現時代の共時性の結実という賜物
 美しく温かみのある数字や数式に対する独自の概念は
小川さんらしい功績と称えたい

 私はそこに対してはおそらく完全数を感じることはできるのではないか
なんとなくそんなことを願いつつ
このものがたりをしばらくそっとしておくつもりでいます