図書館の光景

okimituki2006-01-30

 私の好きな場所は図書館で
 それも、作歌をはじめた20代の初めの頃からは
足繁く通ったものだった
 バイトの休みになると、
太陽が真上から傾くほど おそい時間に起きだしては
よく阪急電車に乗って、なんだかわくわくしながらあの場所へ向かった

 特に十三図書館の木造建物のつくりが好きだった
本棚の配置、ジャンルや名前順の目印のつけ方、懐かしい小学校のような床
 エプロンをつけた人がテキパキと働き、声はあまり聞こえない
あの空間は私にとって特別だった

 だけど図書館というのは、居住先か勤務先が該当しないと
そこのカードを作ってもらえない決まりがある
 淀川区民ではなくなった時から
あの場所からだんだんと遠ざかってしまったが
 何度かそれを隠してつい行ってしまうくらいすっかりあの図書館に馴染んでいた
 いまでも十三の駅を降りて古びたアーケードを抜け
信号待ちをしていた自分を思い出す


 信号を渡らずに左に曲がると「Victoria」というレストランがあり
そこにはちょっとした思い出もあるから
その位置に立つとよりきゅんっとするのかもしれない

 だが、多くの記憶は時間があるときなどは 信号を渡って向かいの本屋に入り
くるっと店内をまわり、新書などを物色しながらうろうろして
それがひとしきり終わるといよいよ図書館にまっすぐ向かっていくという風だった
 十三はホテル街でもあるので、夕方の静まりかえり方は
住宅街とはまた違うしめった空気がひっそりと漂っていた


 そんな地域性も手伝ってか、
 図書館で一日過ごしていると思える人々がけっこういた
ベンチに座って、新聞やら本やらを日がな一日読んでいるのだと
いま図書館に着いたばかりの私ですら
彼らがいつから居るかは知る由もないはずなのに
それがありありとわかるのだった
 紺色で裏が茶色の毛のついた上っ張りを着た
だいたい同じ顔ぶれのおっちゃんたちが、数人いつも点在していた印象があって
あの場所では皆 とても礼儀正しく穏やかかつ和やかなムードに包まれていた


 私は図書館を後にするとたいていの場合モスバーガーに寄って
ひとりでいましがた借りてきた本を積み上げて
何冊かを読みながら、オレンジジュースを飲み、バーガーをほおばった
 ただそれだけが、なんともいえないささやかな愉しみだった

 
 それぞれの立場から それなりの謳歌をすることは幻想ではない
と夕刻の光を反射するモスバーガーの自動ドアを
出入りする人々を見ながら思ったものだ

               *

 そして今日、大阪で公園を住居とする人々の強制撤去をする光景を見た
あれだけの人件費と経費をかけて住居を奪い、報道という戒めを与え
この一月の末という凍てついた季節に、人を野ざらしにすることが
財政難の大阪市がすることと思うと情けない気がした


 あの図書館で見たような 市民にとってより自由で
隔てのないコミュニティを
もっと供給することを考えてもいいのに


 公園に住みたくて住んでいるんじゃなく
公園に住まざるを得ないという事実に
目をそむけた行政のあざとさを
 草葉の陰から三原じゅんも痛んでいるに違いない